今の民主党は「民主主義」を守りたいらしい
ども、リュウ・ライタです。今日はこんなニュースから。
思い切ったというか、なんというか……。自暴自棄としか言いようがないというか。
僕としては、あまり政治的な話はできませんし、政治にかんする知識は非常に薄いです。では、ここでどんな話ができるかと言えば、多数決にかんするお話でしょうか。
多数決、これは民主主義と言えるのか。僕としては、民主主義でもなければ解決策でもない。この多数決を大事にする民主主義を守ってもらったところで、頓挫しているシステムなんだよね~と思ってしまう。
そういえば、前にこんな記事もありましたね。
18歳にも選挙権を認める動きがありますけれど、僕も思ったんですよね。今の自民党を始め数々の政治家さんがコミットしている層って、おそらく50代以上の人たち。では、その人たちが政策やーいや、逆か。政治家さんたちも、今の日本の大多数を占める50代以上の人たちをターゲットに政策を打ち出しているのか。
こう考えてみると、政治家さんたちは多数決によって議論を進めるというよりは、「多数決によって決まりやすい政策を打ち出している」と言った方がいいでしょう。
システム云々よりも、いいように使われるシステムで動いている世の中って、やはりゾッとしてしまいます。
僕が大好きな作家・村上龍さんが日本の多数派に恐怖を覚えるのは、こういったシステムに気が付いていたからでしょうか。
多数派に覚える恐怖
僕も村上龍さんと同じで、日本の多数派と呼ばれる集団には違和感だけでなく、嫌悪に近い感情を抱きます。
日本では、何かと派閥やグループに分かれたがりたい性質があります。「~の人だ」とか、「~派」などの会話で蔓延し、さらには「あの人って~的だよね」とか、その年に流行している「~系男子・女子」などの形で分類化するのも同じです。
何が嫌かというと、そのような単語は「ごまかし」にしか聞こえないから。
たとえば、「草食系男子」という単語があったとして、このような男子が生まれたのにはきちんと原因があります。原因というよりは、近年の流れによって生まれたスタイルのひとつ。今では欲望を満たす必要のない世の中になっていて、別に男が先に変わったわけではないはず。
でも、この「草食系男子」という言葉を聞けば、まるで今の男たちが変わってしまい、男がダメになってしまったというイメージを植え付けていく。そして、誰もが「あれって~系男子だよね」とグループに分けていく。
そうしてカジュアルな言葉によって人は分かれ、また言葉に所属するように変わろうとします。何かに所属していないと不安で仕方がない。この心理的作用を上手く使うことで、民主主義のシステムがいいように使われている気がします。いわば、多数決の原理を利用した心理的誘導。みたいなものでしょうか。
ネットと共にSNSが普及することで、個人的な意見は言いやすくなっています。けれど、ネットで広がる情報によって心理的誘導が掛かっていることだって考えられるわけです。その誘導によって大多数の人が知らない内に、何らかの情報を流布して、既成事実が生まれ、いつのまにか世の中の「常識」にすり替わっている。
いや、なんでも陰謀論すぎるでしょうか笑
何にしても、多数決による誘導は簡単にできるし、むしろ多数決のシステムを利用して政治的画策が起こっているのは考えるべきでしょう。今の若者が国会前でどれだけ叫んでも、政治家さんが取り合わないのは、その「数」を取り込むことに魅力を感じていないからです。
……そういえば、「民主主義を守りたい」と言っていた政党さんが、若者のデモに参加して煙たがられるニュースがありましたね。少数に加担するとは、政治家さんとして形無し、ということでしょうか。大きい数扱ってなんぼ、政治家さん。