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ここだけのはなし

10人見れば、10通りの解釈がある。日常にてふと思ったことを自分なりに綴ります。

「こんな店は最悪だ」という客に「あんたみたいな客は来なくていい」という勇気がほしい

フリーランスの魅力とは

 

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ども、リュウ・ライタです。

 

www.lancers.jp

 

某有名サイトにて私も仕事をいただいたり、コラム記事などの執筆をいただいているのですが、やっとこさ完全独立して半年が経とうとしています。昨年は、一応塾講師の仕事をまだしていたので完全にフリーランスとは言えませんが、半独立して活動はしていたので、そこで感じたことを書かせていただいております。

 

独立に当たって色々と困ることもありますが、最大の魅力は何といっても仕事が選べるところにあるかと思います。そして、自分が食べていくための仕事と理想の仕事を同時並行しやすい点もあるかなと思ったりします。

 

www.ex-it-blog.com

 

こちらの記事にもあるように、僕のような店舗もないフリーランスは集客に関してはあまり考えなくていいかなと思ったりしています。とにかく食べるための仕事と、自分の理想の仕事の時間のバランス。これが大事になってくるかと思いますが、その部分が最も難しい気がするわけです。

 

最近の仕事の事情

 

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たとえば、食べるための仕事をしようとしているにもかかわらず、結局は安い仕事を大量にこなすことにパターン。以前記事にもしたように、安いまとめ記事だけライターとして仕事を引き受けても、生活するのは現実的ではありません。だからといって、安い仕事ばかり引き受けていると、あとになって金額を上げることも難しくなります。

 

私も知り合いの人からは、金額設定はかなりシビアにしておかないと後々困るという話はよく聞きます。その金額で人が自然と寄ってくることもありますし、反対に人が離れていくからです。それに、安く設定してしまうと、結局はその程度の人しか人が寄ってこないことにもなります。

 

反対に、理想の仕事のチャンスとしてタダ働きさせられることもあります。 食べるための仕事はもちろん、理想の仕事とはいえお金につながる仕事をすべきだと思います。僕のようなフリーランスは、結局のところ工事の下請けのような仕事です。だからといって薄給の仕事をこなすのが普通という考えはよくないかと思います。

 

会社内で分業ができていないから「フリーランス」がいる

 

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フリーランスが企業に入ることは、あまり好意的に取られないことが多いような気がします。日本特有のわからないものを避ける習性もさることながら、意思疎通がうまく行かないイメージがあるからでしょう。たしかに、上から下へスムーズに仕事は流れないかもしれません。でも、現代では社内の人間でも上から下へ仕事は回っていないのではないかなと、ぼく個人は思っています。

 

youtu.be

 

こちらは、とある学校の卒業制作にて作られた動画のようです。いちど見てもらってほしいのですが、この内容はかなりリアルです。何がリアルかというと、就活における滑稽さ、みたいなものでしょうか。それは学生もだし、必死に囲い込もうとする企業も同じです。

 

そもそも、会社という場所は営業する人と事務する人がいるように、各仕事には役割があります。会社全体がチームになって、利益という目標を達成するわけです。これはフリーランスでも同じで、もっといえば、フリーランスは自分の役割をとがった形で自負し、各企業の足りない役割を補う存在だと思います。フリーランスだけでも立ち行かないし、企業に勤める人だけでも立ち回らない。仕事をするときは、必ずチームなり何なり「人」に関わる訳です。日本が資本主義の社会だと言い張りたいのであれば、その点に関しては認めて動かないといけないと私は思ったりします。

 

ですが、日本では「就活」という囲い込みをして、会社で働いてくれる人を雇います。動画にあるように、一気に同じような人を求めます。私からすれば、同じような人間ばかりが働く会社なんて、ゾンビと同じです。どうしてゾンビ映画や漫画が一時期流行ったのか、社会を見ていると何となく同じような現象が起きていたんだなと感じたりします。

 

「何でも安請負する≠フリーランス」と思っている人はお帰りください

 

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私は「企業にできないことは他の人がする」という発想は、これから大事になってくるんじゃないかと思っています。各企業では副業を認めるようになり始め、これは都心では割りと常態化しているみたいです。私は地方出身なのでその話を聞いたときは実感がなかったのですが、東京での物価や賃貸事情を考えると、かなり深刻なようです。
だからこそ、副業やフリーランスに依頼する仕事が安くなってはいけないと思うわけです。

 

それに、外注する仕事が安くなってしまっては、そこに対するモチベーションは上がらずに仕事の質も低下します。

 もちろん、こちらとしても単に「給料を上げろ」というつもりはありませんが、企業やクライアント、お客さんからとにかく「安くして」という声に頭を垂れるのもナンセンスだと思います。それでは結局のところ、依頼された側はその金額分しか人は働きません。「追加報酬で」というパターンもありますが、追加報酬で人が元気になるのは2~3回までぐらいです。結局はベースとなる報酬がしっかり手元にやってこないと、人は「仕事」として認識できないようし、安い報酬には「安い仕事」という認識が生まれるだけです。

 

クライアントにも予算があることはわかっています。ならば、その予算で動いてくれる人を探すしかないんだと思います。そうやって誰かをアテにしながら生活するのが、現代の仕事観のひとつなんだと、僕は思ったりします。でも、「お金を払えば何でもやってくれる」わけではないし、「なんでも手に入る」という価値観は、そろそろ本気で払拭しなければいけないと、私個人としては思ったりしています。

 

現代に噴出する問題の数々は「お金を払えばなんで解決する」という発想の元に生まれている

 

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「社会は誰かを当てにして回っている」という価値観は、私は大事だと思っています。会社だろうとフリーランスだろうと人がいないと仕事にはならないし、人がいるから自分も仕事ができるわけです。だけど、これが信頼に基づいたものではなくて「お金をペイすればなんでもしてくれる」に寄りかかっているから、結局のところは何の問題の解決にもならないんだと思います。

 

昔ならば、お金をペイすればそれなりに対価がもらえたので、まだ我慢して仕事できたのかもしれません。でも、今の日本は貧乏で、誰かをアテにしたとしても、その先が疲弊し切っていて頼れない現状があります。保育士さんや教師さんがいい例だと思います。もちろん、お金の問題だけでなく、教育現場の質や家庭環境の大きな変化など色々な要因がありますが、お金の側面からみれば、アテにしたくてもし切れない問題と、まだまだお金をペイすればなんでもしてくれるという思想に酔っている感がぬぐえません。

 

私としては、もう数をこなそうとするクライアントや、安くしか見積もれない会社に対しては断る勇気が必要だと思っています。 「お客様は神様」なんていう時代は思わっているし、そもそもこの言葉は「クライアントさんや商品提供者と親しく付き合っていきたい」というお客さんを指す言葉だそうです。あまりにクレーマーに対して気を使わなければいけない世の中に、ほとほと嫌気がさす。そんなお客は断ればいい。そんなお客は、ほかのサービスを探せない人だと割り切り、自分が別のお客様を探せばいい。少なくとも、私はそう思う。