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ここだけのはなし

10人見れば、10通りの解釈がある。日常にてふと思ったことを自分なりに綴ります。

すぐに消える強い希望~ブログで知り合った男性の記事とマツコ氏の恋愛観~

仕事録・書くときに意識してること

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僕はアメーバでもブログを書いている。そちらは模型の交流がもっぱらで、つながりも模型を作る人ばかりである。

 
そのうちの1人に、非常に親交のある方が1人いる。その方は50につい最近なられた、いわゆるバブルや高度経済を知っている方である。
 
この類の人は、いわゆる僕が苦手な世代の1人である。でも、この方は非常に物腰が柔らかくて、僕のような若造の意見にも柔軟に応えてくれる。そんなブログ主さまが書いたブログだけど、少し紹介したいと思う。
 
 
数十年の時を経て今日、50歳となった老いの始まった自分がここにあってなお、それらへの思いは色褪せるどころか、新たな仲間との出会いをももたらし、新たな発見と感動を与えてくれる。なんと素晴らしい事だろうか。そして、半ばセクハラまがいのコメントに目くじら立てず、笑って赦してくれる心優しい仲間に感謝♪(´ε` )
 
(中略)
 
私のDNAを引き継いだ二人の子供たちに、ありがとう。
そして、両親はじめ私に関わってくれる全てのみんなにありがとう。
私のターニングポイントはとっくに過ぎたが、これからも少しでも長く皆と関われたらと思う。
次の半世紀へ、希望と感謝を込めて。
そして、願わくば宇宙世紀の始まりを現実に見れる事を夢見て。
ハローFIFTIES、さよならFORTIES♡ 
 
 
僕より若い人が見れば、なにが書いてあるのかよくわからないようなことがつづられている部分もあるかと思う。
でも、ぼくはこの文章を読んで「輝いているな」と素直に思えた。そして、僕の暗澹としている現実感よりも、根拠なんてないのに元気にしてくれる。これこそが文章の力だと感じた。
 
**
 
 
村上龍氏の言葉にもある、この格言。僕は、あまりこの言葉の意味がわかっていなかった。でも、このブログ主の文章を読んでわかった。
 
この文章に書いてあるのは、とても細やかなことだ。とても細やかで、今にも消えそうである。でも、どんな鉱石よりも硬く、強く、時間を掛けて磨くほど輝く。その輝きは、決して他人への自慢や見せつけではない。他者を輝かせる「希望」だと感じた。
 
ある記事で、かのマツコ・デラックス氏は現代の恋愛に対して「今の人は恋愛を難しく考え過ぎている」と語っていた。僕はブログ主の方の文章を見て、マツコ氏の発言もなんか腑に落ちてきた。世の中はほんとうはとても単純で、何も難しく考えることはなかったのだ。
 
だからと言って、これは思考停止を進めているかではない。しかし、小手先でよくわからないことをチネチネ考えるのは、やはり精神衛生的によくないし、僕たちは本来なら、もっと目の前にあることを考えるのが必要なのではないかと思った。
 
現代人は、さまざまなリスクや社会的不安と隣り合わせである。これって、よく考えたらぜんぜん幸せじゃないし、平和でもないし、まるで夢の中を歩いているような錯覚さえ覚える。でもそれは、別に僕たちが解決すべきことではないのかもしれない。もっともっと、僕たちは自分たちにできることから始めるべきなんだと思う。たとえば、選挙にもいかず「変わらない」と言っているにもかかわらず、デモだけに行っても意味がないと僕は思うわけだ。
 
現代では、とりわけネットなどで「今の日本は政治のせいで悪くなっている」という言葉に突き動かされがちである。でもそれは、些末な小枝なのかもしれない。もっと言えば、それは錯覚に過ぎないし、選挙に行かなくていい理由にならない。
 
本当は、もっと自分に与えられている武器について知らないといけないし、それを十分に行使できる環境作りに力を入れないといけないのに、一時の感情に振り回されている。そんな気がしてならないのだ。そういう意味では、目の前にある、自分を取り巻く人間や仕事人間などの事象について、「バカ」になれるほど集中する力が、求められているような気がする。
 
***
 
僕たちが本当に危惧すべきなのは、政治や社会のことではなくて、やっぱり自分自身のことなのだ。自分の生活環境が悪いことに対してなら、声を挙げるべきだ。
 
でも、今の諸所の活動を見ていると、声を挙げることが目的になってしまい、自分の生活を改善するための手段になっていない気がしてならない。だから、僕が紹介したブログのように「輝き」や「希望」を感じられない。
僕が紹介したブログには生活や夢があった。昨今のデモなどなどには、それがなかった。それが全てである。