心のない男と、心を持つアンドロイド・1
「……よし」
私はキーボードから手を離して、
目の前のディスプレイに映る文章を印刷する。
印刷された文書を眺めてから、
ひとり部屋で「よし」とうなづく。
私は文章の誤字・脱字だけ訂正して、
念のため保存してからクライアントに
送信する。
数分後、クライアントから返信があった。
「素晴らしいです‼︎ 毎度ありがとうございます」
いつもと同じ、決まり文句となった文章。
わたしは背伸びをしてから、
ベランダに出てタバコを吸う。
同じような文章を延々と書いて、
その文章の良さがわかっているのか
わからない会社は私の言いなり。
また私の文章が世の中に出回り、
誰かの目にふれる。
その人もまた、私の文章ではなくて
「矢野タカシ」という名前を読んでいるに過ぎなかった。
有名な著者としての、私の名前を読んでいるだけなのだ。
20階から見える街は、何とも退屈だった。
誰もが同じ格好をして、誰もが同じほうを歩く。
何のおもしろさも見出せない。
むしろ、この街から何を見出せばいいのだろうか。
私にはわからない。
わからないけれど、この町を歩くの人たちが
何を求めているか。
私には、それだけは何となくわかる。
他の人と同じようになれる情報。
自分にないものを埋めてくれる言葉。
傷を舐めるような詩。
私はタバコの灰をベランダから落とし、
自分の部屋に戻った。